客観性の落とし穴

2023年09月07日 15:25

「客観性の落とし穴」村上靖彦著を読みました。著者の村上靖彦博士は日本の精神分析学・現象学者であり(基礎精神病理学・精神分析学博士・パリ第七大学)、現在、大阪大学大学院人間科学研究科教授・感染症総合教育研究拠点CiDER兼任教員です。博士は自閉症や虐待などの社会的な問題に関する現象学的な研究を行なっています。著書には「自閉症の現象学」や「ケアとは何か」があります。ちなみに20世紀初めにオーストリアの哲学者エトムント・フッサールが創始した現象学とは、意識とその対象との相関関係に注目し、意識の本質や構造を明らかにしようとしたものです。その方法論は現象学的還元と呼ばれ、自然的態度を保留にして、意識の純粋な現象に立ち返ることを意味します。

この本は、現代社会で客観性と数値が過度に信頼されていることの問題点を指摘し、生き生きとした経験をつかまえる哲学を提案する一冊です。博士は、大学の授業で客観的な妥当性を求められる学生の姿を疑問に感じ、客観性とは何か、どのように成立したのか、どんな影響を及ぼしているのかを探ります。その過程で、客観性がもたらしたものだけでなく、失われたものや見落とされたものにも目を向けます。もちろん客観性や数字を用いる科学は不要だと主張しているわけではなく、数字や客観性は真理ではなく、一つの見方に過ぎないという視点を提示して、数値化や客観性がますます進み、人間らしさや経験の豊かさが失われがちな現代社会において社会や心の客観化から脱却し、人間らしさを取り戻すヒントを提示してくれています。(チャットGPT作成の要約から抜粋)


この本の中で一番印象に残った部分を抜粋します。ナチスに追い詰められた果てにスペイン国境で自死したドイツの思想家ヴェルター・ベンヤミンの言葉を引用した部分で、・・・・普遍的なものを平均的なものとして説明しようとするのは、本末転倒である。理念こそが普遍的なものなのだ。これに対して経験的なものは、それが極端なものとしてより精確に識別できるものであればあるほど、それだけ深く、その核心に迫りうるものとなる。概念は、この極端なものに由来する。・・・・・考えさせられます。

現象学の専門家である博士は、フッサールが誰にでも共通すると考えられる知覚や起想に焦点を当てたに対して、そのつどの具体的で偶然の経験と行動に焦点を当てています。詳しい内容はぜひこの本を読んでみてくださいオススメです。

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