「収容所から来た遺書」辺見じゅん著を読みました。著者の辺見じゅんさんは歌人でありまたノンフィクション作家でもあります。私小説風から童話・詩歌まで幅広い作品を手がけ、ノンフィクションにおいては丹念な聞き取りを元に構成されおり、「収容所から来た遺書」も(第二次大戦終結後に旧ソビエト連邦によるシベリア抑留を経験した)実在する山本幡男さんについての物語になっています。もちろん山本さんが送った遺書も(どういったものかはネタバレになってしまうので書けませんが、ぜひ本を読んでみてください)実在します。ちなみに著者の辺見じゅんさんは角川春樹さんの実姉です。
この本は、シベリア抑留中に死んだ元一等兵・山本幡男さんの遺書と、それを日本に届けた仲間たちの奇跡の物語を描いたノンフィクション作品です。山本さんはハルビン特務機関で(対ソ情報収集・謀略工作機関)働いていたため、戦後、ソ連に抑留され、スパイとして20年の刑を受けました。重労働と飢餓に苦しみながらも、収容所で日本文化の勉強会や俳句会を主催し、仲間たちに希望を与えていましたが、収容所にて1954年に喉頭癌で亡くなりました。彼が家族に宛てた遺書は、仲間たちが暗記して、厳しい監視の目をかいくぐって日本に持ち帰りました。シベリア抑留の悲劇と、人間の尊厳と友情を伝える山本幡男の物語であり、貴重な記録でもあります。(チャットGPT作、一部加筆)
「裸木(はだかぎ)」
アムール遠く濁るところ
黒雲 空をとざして険悪
朔風は枯野をかけめぐり
万鳥巣にかへつて粛然
雄々しくも孤独なるかな 裸木
堅忍の大志 痩躯にあふれ
梢は勇ましくも千手を伸ばし
いとはるかなる虚無を撫する
夕映 雲を破って朱く
黄昏まさに曠野を覆はんとする
風も寂寥に脅えて吠ゆるを
雄々しきかな裸木 沈黙に聳え立つ
極まるところ空の茜は緑と化し
日輪はいま連脈の頂きに没したり
万象すべて闇に沈む韃靼の野に
あゝ裸木ひとり 大空を撫する
北溟子(山本幡男)
山本さんが収容所の病室の窓から一本の裸木を見て作った詩です。私は気迫溢れるような、遠くも未来を見据えているような、いずれ来たるものに身構えるような、この詩が好きです。
山本さんの子供達に宛てた遺書にはこんな言葉が書かれています「君達はどんなに辛い日があらうとも、人類の文化創造に参加し、人類の幸福を増進するという進歩的な思想を忘れてはならぬ。偏頗で矯激な思想に迷ってはならぬ。どこまでも真面目な、人道に基く自由、博愛、幸福、正義の道を進んで呉れ。最後に勝つものは道義であり、誠であり、まごころである。」(子供達に宛てた遺書より抜粋)収容所という過酷な環境で死を間近にして、山本さんは人間というものを・・・・・生きるということを、考え抜いた結果、こうした考えに至った・・・。山本さんがこの遺書を書いたのは45歳、私はすでに10年以上長く生きていることになります。死を間近にしてこうした言葉を残すことが私にできるのだろうか?・・・・・・考えさせられます。