「QUITTING:A Life Strategy The Myth of Perseverance-and How the New Science of Giving Up Can Set You Free(邦題:やめる力 最良の人生戦略)」ジュリア・ケラー著を読みました。
ジュリア・ケラー博士はオハイオ州立大学で英文学博士号を取得し、プリンストン大学、シカゴ大学、ノートルダム大学で教鞭を執り、ハーバード大学ニューマン・フェロー、「シカゴ・トリビューン」紙のスタッフライター、書評チーフを歴任後、ジャーナリストをやめ、執筆活動に専念しています。2019年と2020年にはピューリッツアー賞の一般ノンフィクション部門の審査員を務めていたことがあるそうです。
この本で博士は、自らの体験をもとに、現代社会では「グリッド(忍耐力、根性)」が過度にもてはやされ、「クイット(何かをやめること)」の価値が不当に低いものとされていることに大きな疑問を持ちます。そして、最新の神経科学や進化生物学の知見や、著名なアスリートやビジネスパーソンなどの言説や体験を紹介しながら、「やめること」が私たちが生きていくうえで欠かせない行動であるにもかかわらず、なぜ悪者扱いされているのかという謎に潜む真実を鮮やかに解き明かしていきます。(チャットGPT作)
ちょうど最近「やめる」(鍼灸治療院を5月にやめました)経験をしたばかりなので、興味があって読んでみました。博士もプロローグで『人生の試練や苦難を乗り越えるには、粘り強さが必要だ。しかし、「どんな問題でも忍耐力があれば解決できる」と考えたり、忍耐力を発揮できない人を見下したりすると、自力ではどうにもならない問題で自分や他人を責めてしまうといった、悪しき結果を招きやすくなる。「やめること」は、一般的に考えられているような単純なオン・オフのスイッチではない。』と書いている通り、何かを「やめるとき」確かに人はそれぞれ複雑な事情や状況などから、これはさすがに失敗したな・・・とか、どうみてもこれ以上続けるのは困難だな諦めよう・・・とか、相当考え抜いた挙句判断していることが多いのではと思います(自分もそうでした)。考えてみれば人生で「やめる」判断をしなかった人などいるわけありませんよね、「やめる」、「やめる」と安易に言うのも考えものですが、「やめる」ことを過剰に忌み嫌うこともないのでしょう。
エピローグにはニールス・ボーアの言葉が引用されています
偉大な真理とは、その反対がまた偉大な真理になる真理のことである
戦略的に「やめる」とは?・・・・・これからじっくり考えたいと思います。
ちなみになるほどなあと思ったことがありまして、人類以外の他の動物は生き延びるという唯一の目標に従って生きているためある行動がうまくいかなかったり、食べ物が得られなかったりしたら、迷わず、すぐやめてしまうそうです。何かにこだわり過ぎると何日も餌が獲れなかったり、あっという間に襲われて食べられてしまったりする世界ですから、じっくり考えて時間を無駄に過ごすよりも下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる方式の方が重要なのかもしれません。最近、玄関のコーナーのいつも同じ場所に、いつも同じクモがクモの巣を張っているので、毎日、毎日、繰り返しキレイにクモの巣を払って、クモがそこに巣を張るのを諦めるまで戦うことにしました。上記の考えからするとクモも餌が得られなければ迷わず、すぐやめてくれると考えています。クモは戦略的に判断してくれるでしょうか?・・・・。