「日本神話を読みなおす」橋本雅之著を読みました。著者の橋本雅之博士は、皇學館大学文学部神道学科特別教授。専門は国文学、神話学。著書に「風土記ー日本人の感覚を読む」、「古風土記の研究」、「引き算思考の日本文化ー物語に映ったこころを読む」、共著に「日本人の《原罪》」、編著に「風土記ビギナーズ・クラシックス 日本の古典」などがある。
この本はの内容はこんな感じです
これまでの研究では、ややもすれば神話を王権という政治性や国家の歴史に結びつけがちであったが、本書では目線を低くずらして、人間の生活が神話のなかに描かれているという視点に立ち、時に強くもあり、また弱くもある人間を見つめてみたいと思う。それは大袈裟に言えば、神話を国家という縛りから解放する試みである。しかし、実際のところ本書はそのような大上段に構えた勇ましい考察ではない。神話のなかから村里で生きていた人、言い換えれば私たちのすぐ近くにいるような人たちの姿を掘り起こしてみたいと思うのである。そのような目で神話や伝説を読むと、じつに
さまざまな人間の「生きざま」が、神の姿を借りて描かれていることに気がつく。(表紙裏内容紹介ー「まえがき」より)
日本国憲法第1条
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」
日本国の象徴と位置付けされていることについては歴史的経緯を含めて理解しているつもりでしたが、今まであまり日本国民統合の象徴としての位置付けについては考えたことが恥ずかしながらありませんでした。しかし、古事記や日本書紀の成り立ちをよく考えてみると、日本国民統合の象徴としての位置付けを理解することができます。
古事記や日本書紀のような日本神話の天皇のような「神が人になって王になる」構造は、世界の多神教で連続的に発達してきた王権神話の一つであり、時系列で見ると古代オリエントから日本まで続く長い文化の流れの末端に位置するらしいのですが、神が人間化し、天皇の系譜を作り、神話→王権→歴史が連続しているのは世界でも珍しい構造だそうです(考えてみれば神様が人間になって現実の世界の歴史に繋がってしまう物語はいくらなんでも無理筋じゃないかと思ってしまいます)。当時の人も統合する・・・一つにまとめるのはだいぶ苦労したんでしょうね・・・。古事記は712年土着神話を比較的そのまま残し日本語的・物語的に編纂して神話的血統を国内向けの神話統合としてつくられた側面が強く(国内の氏族をを統合するため)。日本書紀は720年政治的に整合するように漢文・歴史書的に編集して歴史的血統を国外向けの国家正史として作られた側面が強いのだそうです(中国〈唐〉に対して「文明国」としての体裁を示すため)。国内を一つにまとめ、外国と渡り合わなければならない・・・・・・当時も今も簡単ではないようです。