「機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史」速水健朗著を読みました。著者の速水健朗さんは、ライター、ポッドキャスター。コンピューター誌編集者を経て、2001年よりフリーランスの編集者、ライターとして活動を始める。主な著書に「1995年」「ラーメンと愛国」「ケータイ小説的」「東京どこに住む?」「1973年に生まれて」などがある。2022年よりポッドキャスト「これはニュースではない」を配信している。(表紙著者紹介より)
この本は、セルフレジや予約システム、家電の多機能化など、現代の機械が「便利さ」を追求するほど逆に人を惑わせているという矛盾を描く。店ごとに違うUIや、複雑な予約社会、増殖するボタンなど、標準化されない技術が“機械音痴“を生み出していると指摘する。また、エレベーターのように長い時間をかけて洗練されたUIと比較し、現代のデジタル技術は成熟しておらず、ユーザーに負荷を押し付けていると論じる。さらに、歴史的にも“機械ぎらい“は技術改善の原動力であり、現代の混乱もその延長線上にあると位置付ける。最終的に、UIの不親切さは社会や制度の不親切さの反映であり、テクノロジーの問題は人間の問題でもあると結ぶ。(COPILOT作内容紹介)
筋金入りの機械音痴である自分にとってユーザーインターフェイス(UI)は深刻な問題なのです。実を言うと洗濯機、エアコン、テレビ等まだ使ったことのない機能が山ほどあります。もちろんどんな機能が搭載されているかも把握し切れていません。こんな機械が苦手な人間にも明るい未来は訪れるのか・・・AIは救世主になるのか?COPILOTに聞いてみました。結論を言うと機械音痴を撲滅することはAIを持ってしても難しいそうです。機械音痴が100人いれば100通りのつまずくツボが存在するので、ありとあらゆる間違いポイントを完全に把握し尽くすことはそりゃあ不可能でしょう・・(別に機械音痴がAIに勝ったわけではないのですが、AIにもできないことがあるとはちょっと安心しました)。しばらくはエレベーターのような時間をかけて洗練されてきた旧UIとAIによる機械操作を全く必要としない新UIが共存する社会となる可能性が高いそうです。これからはAIに置き換えられるものと、置き換えられないものの選別が始まる時代なのかもしれません、最後に著者はこう書いています「本は、500年経ってもほぼ変わらずに生き残っている。スマホやタッチパネルの券売機は、どうだろう。答え合わせは、500年後と言うことになる。」・・・よく考えてみたいと思います。