自分とかないから。

2026年03月25日 15:52

「自分とかないから。」しんめいP著を読みました。著者のしんめいPは、東京大学法学部卒。大手IT企業に入社し、海外事業で世界中を飛び回るも、仕事ができないことがバレてひそやかに退職。鹿児島県にある島に移住して教育事業をするも、仕事ができないことがバレてなめらかに退職。一発逆転をねらって芸人としてRー1グランプリ優勝をめざすも1回戦で敗退し、引退。無職に。引きこもってふとんの中にいたときに、東洋哲学に出会い、衝撃を受ける。そのときの心情を綴ったnote、「東洋哲学50冊読んだら「本当の自分」とかどうでもよくなった話」が少し話題になり、なぜか出版できることになり、今にいたる。(巻末著者紹介より)

この本は、仏教・老荘思想・禅・親鸞・空海といった東洋哲学を、現代の悩みを軽くする“現実的な考え方“として紹介する本です。本書の中心にあるのは「固定した自分なんて存在しない」という視点。「自分らしさ」や「こうあるべき」に縛られて苦しくなる現代人に対し、東洋思想は次のように語りかけます。
ブッダ(無我):自分は固定した実体ではなく、常に変化する流れ
龍樹(空):悩みも含め、世界は関係性でなりたつフィクション
老荘(無為自然):力まず、自然に任せる方がうまくいく
禅:言葉のラベルを外すと、本質が見える
親鸞(他力):完璧に鳴ろうとしなくていい
空海(密教):欲望もエネルギーとして肯定してよい
これらを通して本書が伝えるのは、「自分に固執しなければ、もっと自由に生きられる」という、とてもシンプルで解放的なメッセージです。(COPILOTによる内容紹介)

ユーモアとわかりやすい語口でシンプルに東洋哲学を伝えていて面白く読ませてもらいました。ひとくちに東洋哲学といってもかなり細分化されていて、いろいろなクラスターがあるのだなあと感じました。残念ながらかなり前から自分とは何かと考えることを諦めた私は「生きずらさがマシになる」ことはなかったのですが、鎌倉では禅宗(特に臨済宗)の有名なお寺が多く、私も(円覚寺で)座禅をした事があり禅宗にまつわる東洋哲学について考える機会は多かったため、第6章で取り上げられている真言宗と対比してみると新たな視点が得られそうだったので、COPILOTとキャッチボールをしてみました。ここでは臨済宗ではなく曹洞宗の事を真言宗と対比してみたのですが、曹洞宗の只管打坐では、過去を追わず、未来を求めず、“今“に完全に沈むという方向性があり、「今という時間そのものと一体化する」という体験に近く、真言宗の三密は、身体の振動が空間に広がり、声が空間をみたし、意識が宇宙へと拡散するという方向性を持っていて、「空間そのものと一体化する」という体験に近いそうです。これって考えてみると、禅(時間)+真言密教(空間)が一体化すると「今・ここ」が宇宙と一体化することになり、時間と一体化し、空間と一体化し、自己と世界の境界が消える、言わば仏教の悟りが成立することになる・・・・・(とCOPILOTは言っている)。人生いろいろ、悟りも人それぞれ、この多様性が仏教の豊かさなのかもしれません。

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