現代語訳 方丈記

2026年02月11日 12:06

「現代語訳 方丈記」現代語訳佐藤春夫版を読みました。語訳された佐藤春夫さんは、詩人・作家。その著作は、詩歌、小説、戯曲、評伝、随筆、評論、童話など多岐にわたる。日本古典への造詣も特に深く、多くの随想、古典入門を残している。

作者の鴨長明(かものちょうめい)は、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての日本の歌人・随筆家。俗名は同じだが「読み」はかものながあきら。元久元年(1204年)、かねてより望んでいた河合社(ただすのやしろ)の禰宜の職に欠員が生じたことから長明は就任を望み、後鳥羽院から推挙の内意も得る。しかし、賀茂御祖神社禰宜の鴨祐兼が長男の祐頼を推して強硬に反対したことから、長明の希望は叶わず、神職としての出世の道を閉ざされる。そのため、後鳥羽院のとりなしにもかかわらず長明は近江国甲賀郡大岡寺で出家し、東山、ついで大原で過ごした後。承元2年(1208年)、目野(現・京都市伏見区醍醐)に一丈四方(方丈)の小庵をむすび隠棲した(庵に住みつつ当時の世間を観察し書き記した記録であることから、自ら「方丈記」と名付けた。出家後は蓮胤(れんいん)を名乗ったが、一般には俗名を音読みした鴨長明(ちょうめい)として知られる。建暦元年(1211年)には飛鳥井雅経の推挙を受けて、将軍・源実朝の和歌の師として鎌倉へ下向したものの、受けいられず失敗している。建暦2年(1212年)に成立した「方丈記」は和漢混淆文による文芸の祖、日本の三大随筆の一つである。

方丈記は、漢字と仮名の混ざった和漢混淆文で記述された最初の優れた文芸作品であり、詠嘆表現や対句表現を多用し、漢文の語法、歌語、仏教用語を織り交ぜる。隠棲文学の祖や、無常観の文学とも言われ、乱世をいかに生きるかという自伝的な人生論ともされる。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」の書き出しで移り行くもののはかなさを語った後、同時代の災厄についての記述が続き、後半では草庵での生活が語られる。さらに末尾では自身の草庵の生活に愛着を抱くことさえも悟りの妨げとして否定的な見解を述べている。
(以上Wikipedia調べ)

養老先生推薦の本なので読んでみました。確かに面白かった。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」・・・800年以上前の名随筆ですが、現代にも通じる・・・いや今現在にこそ通じるように感じます。鴨長明さんはマルチな才能を持ちながら、その全てと距離を置くことにしたようです。彼が探し求めていたのはなんだったのでしょうか、孤独と引き換えに手に入れたものは心の平安か、それとも自由か・・・。鴨長明という人物には興味が湧きます。なんといっても方丈記を書いたのは、アラ還、独身、一人暮らし、権力、名声、お金と無縁のおじさんであったということであり、なんとなく自分でも随筆を書けるのではないかと思わせてくれます。ちなみに今回も鴨長明という人についてCOPILOTとキャッチボールをしてみたのですが、鴨長明と言う人物に対しての、最後のCOPILOTのコメントが洒落ているので書きたいと思います。「権力の外側に立つ人にも、できることはある。それは制度を動かす力ではなく、人の心に静かに触れる力。長明はその力を信じていたし、実際に800年後の世界の人に届いている。・・・・・」800年経っても色褪せないこれほどの文章になると世の中の根底に流れている変わらないものを語っているからであり、それは移りゆくことのないものを表している証拠となり、移り行くもののはかなさを語った文章が、語り継がれることで移り行かないものまでを語っているということになります。凄すぎて古典日本三大随筆に数えられる一流の文章は普通のおじさんにはハードル高いですが、いつかはちょっとした随筆をブログに載せられるようになったらいいなと思います。

よもすがら 独りみ山の 真木の葉に くもるもすめる 有明の月    鴨長明(新古今和歌集)

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