その日東京駅五時二十五分発

2024年10月14日 14:46

「その日東京駅五時二十五分発」西川美和著を読みました。西川美和さんは広島県広島市安佐南区出身。早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業。学生時代より、映画制作を志し、映画制作会社などの就職面接を受けるも、ことごとく落ちるが、テレビマンユニオンの面接担当だった是枝裕和監督に意気込みを見出され、映画「ワンダフルライフ」にフリーのスタッフとして参加する。以後、諏訪敦彦監督の「M/OTHER」など、様々な日本映画の現場で活動した。2002年、自作脚本のブラックコメディー「蛇イチゴ」で監督デビュー。2006年オリジナル脚本・監督した「ゆれる」が公開。2006年度キネマ旬報ベストテン2位、及び脚本賞、ブルーリボン賞監督賞などを受賞。2009年オリジナリ脚本・監督による長編3作目「ディア・ドクター」が公開。キネマ旬報ベストテンで日本映画1位、2度目のブルーリボン賞監督賞、芸術選奨新人賞など数多くの賞を受賞。小説は「ゆれる」の脚本をノベライズ化したものや(三島由紀夫賞候補)、「ディアドクター」のアナザーストーリである短編集「きのうの神様」(直木賞候補)など映画がらみのものが多いが、今回の「その日東京駅五時二十五分発」は映画化していない。(Wikipedia調べ)

内容はこんな感じです、ぼくは何も考えてない、ぼくは、何も何もできない。頑張って、モールス信号を覚えたって、まだ、空は燃えているー。終戦の日の朝、19歳のぼくは東京から故郷・広島へ向かう。通信兵としての任務は戦場の過酷さからは程遠く、故郷の悲劇からも断絶され、ただ虚しく時代に流されて生きるばかりだった。淡々と、だがありありと「あの戦争」が蘇る。広島出身の著者が叔父の体験を元に挑んだ入魂の物語。(新潮社ホームページより)

あまり“あとがき“読まない方なのですが、今回の「その日東京駅五時二十五分発」は“あとがき“まで読んでもらいたい作品です。そこまで読んで一つの作品といっても過言ではないと思います。戦争の体験者に戦争体験を聞く戦争未体験者といった構図がもたらすズレ?というかそういったものが現れているように思います。私も父や母から戦争中のことは、焼夷弾が落ちて来る音や、B29の編隊を見たり、高射砲の光を見たり、空襲警報で防空壕に隠れたりする体験、軍需工場で働いた体験、食料がなくて粟や稗を食べていたことなどを聞いていますが、やはり戦争とは“そういうものだと思っていた““仕方のないことだと諦めていたと“いっていたのを覚えています(父も母もまだ10代の子供だったはずで当然と言えば当然ですが)。考えてみれば戦争の恐ろしさとはこうしたところにあるのかもしれません。戦場に出た兵士はその凄惨な現場で心に傷を負ってしまうのは体験を聞くと非常に理解しやすいのですが、それ以上に、戦場に行く兵士ではなくとも戦争に巻き込まれた人(この物語の主人公も兵士ではありますが、実際の戦場に出ることはなく戦争体験者となっています)が虚無の闇に堕ちていくことは、特に10代の若い人たちが堕ちていくことはあまり表に出にくいことですが、何か重大な負のエネルギーを感じて戦争の怖さを考えさせられます。

未来なんて何もない・・どうせそのうち死ぬのだから・・・そんなふうに子供達が思うような世の中ではいけない。しかし今日も戦争はそういった子供達を作り出していると思えてなりません。





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